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遺跡・観光スポット



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フローレス大司教像

Statue of Archbishop Flores

グアムでは初めて大司教に任じられ、1985年に亡くなるまでグアムでの布教に尽くしたフローレス大司教の業績を称える彫像。 サンビトレス・ロードとホスピタル・ロードが交わるロータリーの中心にあります。


 

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サン・アントニオ橋

San Antonio Bridge

スキナ-広場にある、スペイン統治時代の古橋。 美しいアーチ形をしていてサンゴ岩でできています。 1800年、第28スペイン提督マニュエル・ムロの時代に建設されました。 ハガニア川にかかっていたもので、ハガニアエリアと南部との主要道路を結んでいました。 太平洋戦争で破壊されましたが、戦後、現在の位置に復元されました。



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自由の女神像

Startue of Liberty

ハガニア湾に突き出した人工の半島の先端に建つ自由の女神像は、ニューヨークの女神像と同様に自由と独立を表しています。 ニューヨークの像の約10分の1の大きさで、高さは約5mです。


 
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スキナー広場

Skinner Plaza

グアム初の民間人知事、カールトン・スキナー(Carlton S. Skinner)の名にちなんで名付けられました。 スペイン広場とマリンドライブ沿いにあり、広場中央には太平洋戦争時のグアム戦士の記念碑があります。 グアム議会議事堂の外壁に描かれた島の歴史は必見です。 また、1981年にグアム島を訪れた前ローマ法王 ヨハネ・パウロ2世を記念したローマ法王像が建っています。 グアム中の島民たちが自分たちの村の方向に向けて設立することを希望したため、この法王像は当初1日をかけて360度回転する仕組みになっていました。 現在は、グアム博物館に向かって建っています。

 


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スペイン総督邸跡

Governor's Palace

スペイン総督一家の住居跡。スペイン広場内にあります。


 
 
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スペイン広場

Plaza De España

ハガニアの中心地にある広場。 かつてスペインの総督邸があったところで、スペイン総督邸跡や、チョコレート・ハウス、聖母マリア大聖堂など見どころはたくさんあります。 スペイン広場とマリンドライブ沿いにあるスキナ-広場や、その隣にあるスペイン橋など、半日程ゆっくりと探索したいエリアです。 また、この一帯は、グアムの行政の中心地で、グアム議会やグアム政府など数々の政府機関が集まっています。


 
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アプガン砦

Fort Apugan

1800年頃、チャモロ族の大反乱に対するスペイン軍の拠点跡。 現在設置されている3基の大砲はレプリカです。 ハガニア(アガニア)市街やハガニア(アガニア)湾の素晴らしい眺望が臨めます。


 
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聖母マリア大聖堂

Dulce Nombre de Maria Cathedral-Basilica

スペイン広場の東に建つ、白亜の美しい大聖堂。 グアムを代表するカトリック教会で、公式の宗教行事が行われることも多く、1669年にサン・ビトレス神父の指揮のもと、グアムで初めて建てられた由緒あるカトリック教会です。 その後、何度も建て替えられましたが、現在のものは1958年に完成したものです。

 

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大酋長キプハの像

Statue of Quiquha

キプハ酋長は、17世紀のハガニアの酋長で、チャモロ人として初めてカトリック教会の建立を許可した酋長でもあります。


 
 
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知事官邸

Government House

ラッテ・ストーン公園の東側にある坂を登りきると、右手に見える白亜の建物。 現在はグアムの知事官邸で、グアムのホワイトハウスと呼ばれています。 チャモロとスペインの文化を両方取り入れた建造様式です。 現在の建物は、1976年の超大型台風パメラによる損傷後に再建されたものです。


 
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チョコレートハウス

Chocolate House

スペイン広場内にあるチョコレートハウスは、スペイン総督夫人が来客をチョコレートドリンクでもてなしたことから名付けられました。


 
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ラッテストーン公園

Latte Park

スペイン広場の裏手にあり、ラッテストーンと呼ばれる、高さ1.5~2メートルの石柱が並んでいます。 ハリギと呼ばれる石柱の上に、タサと呼ばれる頭石(キャップストーン)がのっているのが特徴で、こけし状の形をしています。 宗教的な意味合いを持つとも、高床式建物の土台とも言われていますが、その実体については、まだ解明されていません。

 

 
 

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スペイン古橋

Talifak Bridge

ニミッツビーチの300メートルほど南にある、苔むした古橋。 18世紀のスペイン統治時代に造られたもので、当時の面影を残しています。 アメリカの史跡記念物にも指定されています。


 

 
 

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セッティ湾展望台

Cetti Bay Overlook

セッティ湾の静かなたたずまいから、遠くはココス島まで一望にできます。


 
 
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セラ湾展望台

Sella Bay Overlook

セラ湾が一望できる展望台。 海岸線まで続く遊歩道は、徒歩で30~40分程度です。


 
 
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パラ・イ・ラライタ記念公

I Memorias Para I Lalahita Park

この高台の展望台からは、箱庭のようなウマタック村を望むことができます。 南部へのドライブの途中に、ひと休みするにも便利です。


 
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マゼラン記念碑

Magellan Monument

1521年3月6日に、世界一周航海中のポルトガルの探検家マゼランが、グアムに初めて上陸したのが、ここウマタック村。 約4メートルの石碑は、1926年に建設されたものです。


 
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ソレダッド砦

Fort Nuestra Senora de la Soledad

スペイン統治時代、交易船を海賊から守るために築かれた砦の跡で、改修が行われ、復元されました。 ここから眺めるウマタック村や、穏やかな入江の眺めは素晴らしく、絵画を見るような趣があります。


 

 
 

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鐘楼

Merizo Bell Tower

メリッソに教会を建て、布教につとめたカナルス神父によって、スペイン統治時代の1917年に建てられた石造りの鐘楼。

 
 

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メリッソコンベント

Merizo Kombento

鐘楼の反対側にあるスペイン統治時代の建築物です。 スペインの聖職者たちの住居として建設された修道院で、スペイン建築様式がみどころです。

 
 
 
 
 

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イナラハン天然プール

Inarajan Natural Pool

海水が溶岩でせき止められてできた天然のプールです。 飛び込み台があるので、子供たちの絶好の遊び場として親しまれています。


 
 
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グアム歴史村 イナラハン・ゲフパゴ公園

Guam Historical Village at Gef Pa'go Park in Historic Inalajan

カルチャーキャンプ活動では参加者が楽しくチャモロ工芸を体験できます。 ゲフパゴ・ベイサイド・パークには伝統的なわらぶき屋根の小屋や原産植物があります。 2002年度GVB最優秀文化遺跡賞を受賞。

<お問い合わせ>
TEL:1(671)828-1671 FAX:1(671)828-1672
MAIL:info@inetnongefpago.commalesso@guam.net
ADDRESS:HC1 17365, Inarajan, Guam, 96917


 
 

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横井ケーブ

Yokoi's Cave

元日本兵の横井庄一さんが28年間潜伏生活を送っていたといわれる洞穴の一つを再現したものです。

 
 
 
 
 
 
 

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恋人岬

Two Lovers' Point (Puntan Dos Amantes)

スペイン統治時代に、チャモロの美しい娘が、結婚を迫るスペイン人総督から逃れ、チャモロ人の恋人と永遠の愛を誓い、髪を結びあってこの岬から身を投げた、という悲恋伝説からこの名が付けられました。 タモン湾の北端に突き出す岬で、グアムのシンボルともいえる観光のハイライトです。海抜123メートルの断崖になっており、展望台からは、タモンの美しい海岸線をはじめ、イパオ岬、オロテ岬までを一望のもとに見渡すことができます。
恋人岬(グアム)http://puntandosamantes.jp

また、グアムの恋人岬は、伊豆市土肥町の恋人岬、新潟県柏崎市の恋人岬とそれぞれ姉妹岬提携を結んでいます。
静岡県伊豆市土肥町http://www.toi-annai.com/
新潟県柏崎市http://www.koibitomisaki-niigata.jp

 
 
 

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タラギ

Tarague

タラギはグアム島北部の沿岸地帯の呼称で、西のメルガガン岬から東のタグア岬までを指します。地形は海とサンゴ礁、ラグーン、海岸草原、そして石灰岩のビーチと切り立った崖からなります。緑地は数種類の高木と低木、ツル植物、シダ、牧草で構成され、貴重な硬材メルバウも生息しています。
新鮮な水は、井戸を掘って多孔質性の地下水脈からくみあげられます。湧き水のある石灰岩の洞窟に加えて、海岸帯には流出する淡水が侵食してできた水路がたくさん見られます。
石灰岩の洞窟にある象形文字(洞窟壁画)は1920年代、ハンス・ホーンボステルによって初めて確認・記録されました。
現在、タラギはアンダーセン米空軍基地内にあり、立ち入りが禁じられています。


 
 

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スメイ

Sumay

スメイの歴史はスペイン植民地時代より先の時代へさかのぼりますが、西洋文明と接触する前のことは多く知られていません。スペインがグアムの領有を宣言した当時、スメイの族長は入植者に激しく抵抗する勢力に属していたようですが、最後にはスペイン総督府の支配下に置かれました。他の村落と同じように、スメイの中心にはカトリック教会が据えられました。
スメイは引き続き、スペイン人の入植拠点になり、サンルイス・デ・アプラ港への交通の便もよいことから、停泊地として捕鯨船などの船員たちの人気を集めるように。1800年代には小さいながらも賑やかな港町へ発展します。
続くアメリカ植民地時代には、米海軍の海運業務の大半をこの沿岸の村が担いました。1903年には、太平洋横断ケーブル社がスメイに基地局を敷設。アジア・アメリカ両地域とグアムを結びつけました。そしてパンアメリカン航空は代表機「チャイナ・クリッパー」を1935年にスメイに就航させ、グアム初のホテルを建設したのです。
軍の輸送・通信の拠点だったことから、1941年12月8日の日本軍による攻撃時には最初の爆撃目標の1つに。住民たちは内陸へ逃げこみ、ジャングルのなかにある小さな牧場へ散り散りになりました。
第二次大戦後にはグアム米海軍基地の用地として必要であるとの理由から、スメイの人々は自宅を取り戻すことを許されず、やがて新設されたサンタリタ地区へ移住させられました。


 

ハプト

Haputo

サンゴ礁と石灰岩林の252エーカーをカバーするハプトも、歴史的な場所のグアム、国立レジスタに表示されている1984年ハプトで生態保護区と命名した。
初期のスペイン時代からの歴史的なアカウントはハプトの村(時にはApotoつづり)はスペインの兵士によって1678年に焼失したことに言及。1680年にはハプト、グアムの他のすべての北部の村の存続住民はハガニアへの移動を余儀なくされた。
村が放棄されたが、それはまだ名前で認識され、グアムの早期ヨーロッパの地図に位置していた。

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