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スメイ
Sumay

スメイの歴史はスペイン植民地時代より先の時代へさかのぼりますが、西洋文明と接触する前のことは多く知られていません。スペインがグアムの領有を宣言した当時、スメイの族長は入植者に激しく抵抗する勢力に属していたようですが、最後にはスペイン総督府の支配下に置かれました。他の村落と同じように、スメイの中心にはカトリック教会が据えられました。

スメイは引き続き、スペイン人の入植拠点になり、サンルイス・デ・アプラ港への交通の便もよいことから、停泊地として捕鯨船などの船員たちの人気を集めるように。1800年代には小さいながらも賑やかな港町へ発展します。

続くアメリカ植民地時代には、米海軍の海運業務の大半をこの沿岸の村が担いました。1903年には、太平洋横断ケーブル社がスメイに基地局を敷設。アジア・アメリカ両地域とグアムを結びつけました。そしてパンアメリカン航空は代表機「チャイナ・クリッパー」を1935年にスメイに就航させ、グアム初のホテルを建設したのです。

軍の輸送・通信の拠点だったことから、1941年12月8日の日本軍による攻撃時には最初の爆撃目標の1つに。住民たちは内陸へ逃げこみ、ジャングルのなかにある小さな牧場へ散り散りになりました。

第二次大戦後にはグアム米海軍基地の用地として必要であるとの理由から、スメイの人々は自宅を取り戻すことを許されず、やがて新設されたサンタリタ地区へ移住させられました。

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