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アガット

Agat

カトリック教会: アワー・レディ・オブ・マウント・カーメル・アンド・サンタ・アナ教会
フィエスタの時期: 7月


地区の概要

島の西部から南部に入る入口と思われがちなアガット地区ですが、実は南部の商業の中心でもあります。
昔は静かな海辺の田舎町だったアガットに、ここ25年間で個人商店、レストランからアガット湾に面した客室70室のホテルなど、さまざまな事業が次々に誕生し、営まれるようになっています。

活気あふれる商業の中心地とは別に、アワー・レディ・オブ・マウント・カーメル・カトリック教会、修道院、教会学校のある古い市街地が現在も存続しています。

海に面したアガット地区は、グアム海軍基地のすぐ南に位置しています。地区の主要道路であるルート2は、いくつかの商店街と住宅街の間を縫うように走っています。
この道路沿いには、アガットコミュニティセンターと市長執務室、地域図書館と警察署を併設した複合施設などの公共建造物もいくつか建っています。
さらに南に行くと海岸沿いに、ニミッツビーチなどの島内で最も美しいビーチをいくつか通過します。その近くには人気のスポット、アガットマリーナもあります。

アガット地区には、第二次世界大戦に起きた出来事を記念した公園もいくつかあります。
これらの公園は、米国国立公園局が管理する太平洋戦争国立歴史公園を構成しています。


地区の歴史

コロオ酋長がアガットの村人を初めて部族としてまとめた指導者だったと言われています。
村人に愛された彼は、一族の長老の座にも就いていました。コロオ酋長は村をいくつかの氏族に分け、それぞれに姓を与えました。
これらの姓の多くは現在にも受け継がれています。

例えばコロオ、カマチリ、デーチ、ダグー、クシウ、ミン、アトー、ゴゴウがそうですが、これらの姓は現在もチャモロ族の名字と言われています。
続いてスペイン総督のドン・ホセ・キローガが1680年から1684年にかけて、チャモロ人のための居留地としてアガット旧市街を設計しました。
ここに住んだチャモロ人は、スペイン・チャモロ戦争時にスペイン軍に反撃したため、キローガによって家を破壊され、住む場所を失った人々です。
その多くが内陸のフェナ村に住んでいました。アガットに初めて教会が建ったのは1680年代後半。18世紀前半には、その教会はグアムに6つしかない教区のひとつとなりました。

第二次世界大戦前のアガットは、海岸沿いにヤシの木が並び、ヤシの実の果肉であるコプラを生産していた小さな村でした。
村ではコプラの生産のほか、農業、畜産業、漁業などの産業が営まれていました。
沿岸部の平野と内陸部の平地ではコメの栽培も行われていました。

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