マリアナ諸島の土着の言語・チャモロ語は、英語と並ぶ北マリアナ連邦の公用語で、現在6万人の人々に利用されています。言語学上、チャモロ語は、マレー半島・マダガスタル・台湾フィリピン・ニュージーランド等の太平洋中南部の言語、オーストロネシア言語族に属します。
スペインのマリアナ諸島の数世紀に及ぶ植民地支配の影響により、チャモロ語の基本となる言葉の80%以上は、スペイン語から派生しています。文法上のルールは、オーストロネシア語系のもので、取り入れられたスペイン語は、チャモロ語の発音に合うように変化しています。
TAOTAOMO' NA(タオタオモナ)
昔、強く慎ましく、しかもハンサムなチャモロの戦士がいました。
この戦士は、村民の皆からから崇拝され、羨望の目で見つめられる存在でした。
しかし、人々から多大なる注目を浴びていたある日、突然彼の謙虚な性格が傲慢な性格に変わってしまったのです。
礼儀正しかった彼が、自分の手柄を自慢するようになり、他の若者たちと強さを競うよう、挑発するようになってしまいました。
村人たちが彼の要求を無視すると、彼はジャングルの中に突進していき、滝の外れにあるヌヌ(バンヤン−banyan−)の木の所で、大声を張り上げて叫びました。
「ジャングルに入る時は、先祖の霊を敬い、大声を出してはならない」
「ジャングルに入るためには、許可を得なければならない」
そうした年長者たちからの教えがあるにも関わらず、彼はこれを無視しました。
そのため、タオタオモナの恐ろしい力が彼に及んだのです。
この若い戦士は突然、悪寒を覚え、これまでに感じたことのない、言葉では表現できないような痛みに襲われました。タオタオモナの最も基本的な規則を破り、過ちや横柄な態度に対して、赦しを乞わなかったことが原因でした。
彼は、スルハナ(Suruhanus)と呼ばれる薬草医学を行う医者の所へ行きましたが、痛みを取ることはできませんでした。そして何日間も苦しんだ後「タオタオモナを怒らせた正確な場所へ戻り、自分の犯した罪に対して赦しを乞わなければならない」と医者は言いました。
悲嘆にくれた彼は、医者の言葉に従いました。すると、突風とともに彼の体の痛みは消え去ったのです。
病気が治ったことに感謝した彼は、もう二度と先祖や霊や仲間に対して無礼な態度を取らないことを誓いました。
The Battle of Two Chiefs(二人の酋長の戦い)
昔々、それぞれの村には酋長がいました。
酋長は、「力強さ」「勇気」「賢明さ」といったものさしで選ばれていました。
しかし、その中には、酋長の中でも自分が一番力が強いということを証明したがる者もいました。タモン(Tumon)のマタクアンナ(Mataquana)はそんな一人でした。
ある日マタクアンナは、イナラハン(Inarajan)のガダオ(Gadao)が自分より強いと聞いて腹立たしく思い、ガダオに挑戦しに向かいました。山、川、ジャングルを何日も歩き続け、マタクアンナはイナラハンまでやっとたどり着くことができました。体はすっかりくたくた。空腹だったものの酋長に会いたいと思い、彼は最初に出会った村人に尋ねました。
「酋長はどこだ?わたしはグアムで一番強い酋長だということを証明しにここに来たのだ!」
村人は、これを聞いてひどく驚きました。何を隠そう、その村人こそがガダオだったのです。
ガダオは、自分が酋長であることを告げることなく、マタクアンナに食べ物と飲み物を与えました。彼に食べさせるため、ガダオはココナッツが落ちてくるまでヤシの木を揺さぶり、一番大きいココナッツを拾いました。そして、小指を使って一発でヤシの実を割りました。そしてもう一つの別のココナッツを絞り、ミルクを大きなボウルに入れました。
その様子を見せつけられたマタクアンナは思いました。
「酋長はもっと強いに違いない。挑戦しようか、それとも…」
差し出された食べ物を食べ終わると、マタクアンナはガダオに「タモンへ連れて行ってもらえないか」と頼みました。自分の強さをもっと見せつけることを企んでいたガダオは、マタクアンナを彼のカヌーへ連れて行きました。
二人がカヌーで沖に出ると、ガダオが南に向かってこぎ始めました。
タモンが北にあると知っていたマタクアンナは、その逆、北の方向にこぎ始めました。
力持ちの男達が、別々の方向にこぎ始めたのです。カヌーは裂け、吹っ飛んでしまいました。ガダオがこいでいたカヌーの半分はアスガデュサ島になり、マタクアンナがこいでいたカヌーの半分は、ロタ島になったと言われています。
Sirena(シレナ)
昔々、ハガニア(アガニア)の村に、シレナという名の乙女が住んでいました。
彼女が何より好きなのは、泳ぐこと。母親からお使いを言い付けられても、用事はそっちのけにして、泳ぎに熱中していました。
ある朝、母親はシレナに言いました。
「炭に使う椰子の実を取ってきておくれ。急いでね」
急ぐように言われたにも関わらず、シレナはいつも通り、泳ぎたい誘惑に負けてしまいました。
待てども待てども帰ってこないシレナ。母親は、シレナが椰子の実を取る代わりに泳いでいるに違いないと思い、怒りをつのらせました。腹立ちまぎれに、つい「シレナなんか魚にでもなってしまえばいい」と言ってしまったのです。
この母親の言葉を聞いたシレナの祖母は、すぐに母親の所にやってきて、その言葉をすぐに取り消すようせまりました。しかし、腹を立てていた母親は、腹立ちまぎれに再び「水の中がそんなに楽しいのなら、シレナなんか魚になってしまえばいいんだ」と呟いたのです。
祖母が、何度も何度も母親の言葉を取り消すように頼んだにもかかわらず、母親はなおも「魚になってしまえばいい!」と罵ったのでした。
その時です。水の中にいたシレナは、自分の体に変化が訪れたことを知りました。
実は、シレナの祖母は、母親が3回目にシレナの事を罵っている最中に「神様、彼女の人間の部分を残したまえ」という言葉を差し挟んでいました。
その結果、シレナは半分が魚で、半分が人間の人魚になってしまいました。以来、誰もシレナをみかけた人はいません。しかし、ハガニア(アガニア)の河口に立てば、シレナが静かに歌を口ずさんでいるのが聞こえてくる、という言い伝えがあります。
The Legend of two Lovers' Point(恋人岬の伝説)
昔々、グアムに美しい乙女が住んでいました。
彼女は慎ましく、また魅力的で、周りの誰もがうっとりとなってしまうほどでした。
そんな彼女のあまりの可愛らしさに、高慢で横柄なスペインの総督が目をつけました。ある日、総督は彼女の家と訪れ、彼女との婚姻の約束をとりつけるよう父親に頼み込みました。父親は、総督の申し入れを受け入れてしまいました。
しかし、彼女には愛するチャモロ人の若者がいたのです。
それを知った父親は激怒し、彼女がスペインの総督と結婚すると皆に発表し、結婚式の日取りも決めてしまいました。以来、彼女は傷心の日々を送っていました。
結婚式の当日、彼女は家をそっと抜け出しました。チャモロ人の恋人に会うためです。
彼女がいなくなったことを知った父親は、スペインの総督に、彼女がチャモロ人の若者によって連れ去られたと申し立てました。
父親と総督、スペイン兵は、必死で二人を探し始めました。
そしてついに、二人はタモン湾を望む高い断崖まで追い詰められました。もはや逃れられないことを知った二人は、絶壁のぎりぎりに立って、お互いの長髪を結び合いました。
二人の最期の瞬間を確かめあうように、お互いの目と目で視線を交わし、最後のくちづけを交わすと、二人の髪を結びあわせたまま、絶壁のはるか下に荒れ狂う海面めがけて身を投げたのでした。
それ以来、この絶壁は“プンタン ドス アマンテス”、俗に言う“恋人岬” として知られるようになりました。
Chief Gadao(ガダオ酋長の伝説)
昔々、ガダオという名の男がいました。
彼は、グアム島の南にあるイナラハン(Inarajan)村の酋長でした。
ある快晴の日、ガダオと数人の友人が、ウマタック村(Umatac)のそばへ釣りに出かけました。釣った魚をたくさん篭に入れて岸の方に向かっている途中、醜い巨大なサメがガダオだちのカヌーに近づいて来ました。
勇敢な酋長、ガダオはひるむことはありません。槍をつかむと驚異的な力でサメの急所を一突きにし、見事サメを退治しました。
そんなガダオの功績の数々を聞いた各村の酋長たちは、ガダオをグアム島全土をとりまとめる大酋長にするかどうか検討し始めました。意見は分かれました
最終的に、ガダオは「3つの偉業を成し遂げることができれば、大酋長となることを認めよう」と提案されました。その偉業とは「泳いでグアム島を50周すること」「素手でココナッツの実を一度で叩き落とすこと」「グアム島で一番高い山を平らにならすこと」でした。
ガダオは、即座にこれら難問に挑戦し、たった7日間で全てを成し遂げてしまいました。
こうして、ガダオはグアム島全土をとりしきる大酋長となりました。
このとき、島で一番高い山・ラムラム山からガダオが動かしたといわれる岩の一つを、今でもピティの海岸で見ることができます。







