
チョコレートハウス
スペイン広場内にあるチョコレートハウスは、スペイン総督夫人が来客をチョコレートドリンクでもてなしたことから名付けられました。
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【マゼラン上陸】
グアム島が初めてヨーロッパと接したのは1521年3月6日とされています。それは世界一周の航海の途にあったマゼランがグアム島を発見し、ウマタックに上陸したことがきっかけでした。マゼランはスペイン国王の命による世界一周の航海中、3隻の船団を修理するために3日間、グアム島に立ち寄ったのです。そこで新鮮な果物や野菜や水を島から調達したマゼランはその対価として鉄を島民に与えました。まだ新石器時代のような暮らしをしていたチャモロ人にとって、鉄は大きな値打ちを持っていたのでした。
【スペイン統治の始まり】
マゼランがグアム島を発見した後、1565年スペインのコンキスタドール(征服者)であるミゲル・ロペス・デ・レガスピがグアム島に到達し、スペイン国王がグアム島およびその他のマリアナ諸島の領有権を正式に宣言しました。この時333年にも続くスペインの統治時代が始まったのです。

ソレダット砦
スペイン統治時代、交易船を海賊から守るために築かれた砦の跡で、改修が行われ、復元されました。
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【キリスト教の布教】
その時から100年余り後の1668年、神父ディエゴ・ルイス・デ・サンビトレス率いるイエズス会の宣教師団が、ヨーロッパ文明、つまりキリスト教や交易などをこの地に確立するためにやって来ました。それまでグアム島は、航路の中継地としての領土でしたが、これを機に本格的にスペインに征服されることになるのです。宣教師たちはチャモロ人に「メイズ」(トウモロコシ)の栽培を教えたり、家畜を持ちこみ、その飼育法や皮のなめし方などを教えたりしたほか、衣服も西洋風に変えさせました。キリスト教が定着すると、村々ではカトリック教会が活動の中心となったのです。

聖母マリア大聖堂
スペイン広場の東に建つ、白亜の美しい大聖堂。グアムで初めて建てられた由緒あるカトリック教会です。その昔、ウマタック湾に漂流したと伝わる聖母マリア像が安置されている。
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アプガン砦
スペイン・チャモロ戦争においてチャモロの襲来に対してスペイン軍が拠点にした砦です。
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【スペイン・チャモロ戦争】
近隣の島々へも広がっていったカトリック教ですが、「先祖崇拝」を強く禁止するなど、カトリックの教えがチャモロの伝統的価値観や習慣と相反することがわかると、徐々にカトリックの教えに反発するようになり、1668年スペイン・チャモロ戦争へ発展していきます。スペインはカトリック教に反抗的な全ての村を焼き払い、酋長を厳しい罰を与えました。そして1695年チャモロ人が降伏した時、10万人いたといわれるチャモロ人が5,000人以下に減ってしまったのです。

フローレス大司教像
フローレス大司教像はチャモロ人として初めて大司教となりグアムでのカトリック教の布教に努めました。
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恋人岬の伝説
チャモロの美しい娘が、恋人と永遠の愛を誓い、髪を結びあってこの岬から身を投げた、という悲恋伝説です。
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大酋長キプハ
17世紀のハガニアの酋長で、チャモロ人として初めてカトリック教会の建立を許可しました。
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