11月18日(金)、グアム島北部にある「グアム平和慰霊公苑」において、5回目となる日米合同慰霊祭が行われました。67年前の第二次世界大戦中、日本から約24km離れたこの小さな島グアムでも大激戦が繰り広げられました。南太平洋地域で命を落とされた方々は、日本兵、米軍、現地人と合わせて約50万人にも及びます。


グアムの真っ青に広がる大空と緑豊かな自然を見ると、凄惨な戦いがあったことなど信じられない気がします。しかし、日本人による占領、米軍による奪回など、この南の小さな島が悲惨な歴史に飲み込まれ、多くの犠牲を強いられたことは事実です。今日では友好な関係にある日本、グアム、アメリカが、占領をした側・された側といった枠を越えて、戦争により失われた命を共に偲ぶことで、平和を願う強い思いが世界へ広がっていってほしいと思います。


アンソニー・アプロン大司教による祈りが捧げられました。


この慰霊祭は国境や宗教、人種、言葉などを越えて、膨大な数の犠牲者の方々を弔うもので、日本の川崎大師の僧侶とグアムのアンソニー・アプロン大司教によって、仏教とキリスト教それぞれの祈りが捧げられました。


参加者全員による黙祷を行ったのち、
川崎大師の僧侶による法要が行われました。


次はアンソニー・アプロン大司教による
祈りが捧げられました。


この日は朝から晴天が続いていたのですが、式典の直前になって急に雨が降りはじめ、一旦はやんだものの式典が始まった後にまた再び激しく降り始めるという、不思議な天候の一日でした。
日本では、雨には「魂を鎮める」「地を清める」といった意味がありますが、グアムでも同じように、雨には「あらゆるものをクリーンにする」という意味があると、グアム島のカルボ準州知事がスピーチの中で話されていました。


「今日の雨が、まさにこの地の惨事を清め、奪われた命を鎮めてくれているようです」
と話された、南太平洋戦没者慰霊協会会長の衛藤参議院議員(左)。


続いてカルボ準州知事が
「若い世代にもこの歴史を伝えていかなければならない」
とスピーチされました。


木村日本国総領事も参列しました。
グアムには約4,000人の日本人が暮らし、
グアムを訪れる観光客の8~9割は日本人と言われているほど、
日本とグアムの間には強い結びつきがあります。


最後は参列者全員が献花を行い、
祈りました。


ちょうど式典が行われた前日に、日本からやってきた学生たちがこの公苑内を清掃したという記事が、地元新聞に掲載されていました。この公苑には、グアム島の観光スポットとして訪れる方が数多くいます。


ちょうど式典の最中に訪れた日本の学生たちも
一緒にお祈りをしていました。
戦争を体験した方がどんどん少なくなっていく中、
若い世代にもこの事実を伝え、
平和と戦争の本当の意味を考えてほしいと思います。


日本から訪れた学生たちが公苑内の草むしりを行ったことが、
地元新聞「パシフィックデイリーニュース」の記事で紹介されました。


これからもたくさんの観光客を迎えるため
最近苑内がきれいに整備されました。
公苑の中には様々な宗教の神々がまつられているお堂もあり、
ここには日本兵の遺品なども展示されています。


グアムというと、青い海や豊かな自然など、輝かんばかりの南のリゾートといった華やかなイメージがあると思います。しかし、多くの日本の方に愛されているからこそ、この島で行われた悲劇の歴史にも目を向けてほしいと思います。私自身も、日本を離れて暮らすようになってから一層、日本の戦争の歴史を意識して考えるようになりました。


グアム平和慰霊公苑(南太平洋戦没者慰霊協会)について詳しくはこちらから。
URL:http://www.spmaguam.org/