グアムや北マリアナ諸島で数千年前から続いているチャモロ文化。その代表的な遺跡はラッテストーン。
ラッテストーンは「タサ(tåsa)」と呼ばれる傘の部分と「ハリギ(haligi)」と呼ばれる石柱から成り、8~10基が2列に並んだ状態であることから住居の土台部分であったと考えられています。しかし、古代チャモロ人は文字を持たない民族であったため古代の記録がなく、実際にはどのように使われていたのか未だ解明されていない古代ロマンを駆り立てる遺跡です。

ツーリストにはハガニア地区にあるラッテストーン公園(Sen. Angel Santos Memorial Park)がよく知られていますが、レンタカーに乗ればグアム政府オフィスがあるアデラップ岬のラッテストーンを見に出かけることもできます。青い空や海を背景に美しい写真を撮ることができるスポットです。

そして今年10月、ラッテストーンを見ることができる場所がもう1つ増えました。ハガニア地区にあるグアムミュージアムの裏、美しい芝生の公園スキナープラザ(Skinner’s Plaza)です。地面に置かれた状態ですが、タサとハリギが2つずつ、2基のラッテストーンを見ることが出来ます。
これらのラッテストーンはハワイ州ホノルルにあるバーニス・パウアヒ・ビショップ博物館(The Bernice Pauahi Bishop Museum)に保管されていたもの。10月下旬、約100年という歳月を経てグアムに戻ってきました。この博物館には太平洋の島々の歴史と文化を象徴する2,500万点以上の遺物が所蔵されており、今なおチャモロ文化に関する遺物も膨大な数が保管されています。

チャモロの遺物がハワイに渡ったのは1920年代のこと。アマチュア考古学者であり、アメリカ海軍の一員としてグアム駐留経験のあるハンス・ホルンボステル(Hans Hornbostel)氏が博物館の依頼でマリアナ諸島を調査。そしてラッテストーンをはじめとする2,000点にも及ぶ遺物がハワイへ運ばれたのです。
当時グアムはアメリカ海軍の統治下にありましたが、その状況下で発足したチャモロ人によるグアムティーチャーアソシエーション(Guam’s Teacher Association)という団体がグアムの歴史を後世に残すために遺物の返還を求め、それがグアムミュージアム建設構想の始まりだったと言われています。
その後、1930年代前半に一部が返還され、1932年に初代グアムミュージアムがオープン。その後もグアム政府の返還の求めに応じ少しずつ返還され、今年もその一部がグアムに戻ってきたのです。

ここに展示されたラッテストーンは元々は島北部のウルナオ地区とタモンのイパオ地区にあったもの。今回の返還にはこの他、グアム島の北にあるロタ島のラッテストーンもあるそう。グアム政府の発表によると1920年代にハワイへ持ち込まれたものの大部分がまだ戻ってきておらず、すべてのものが返還されるにはまだまだ時間を要するようです。
10月24日にはスキナープラザでセレモニーが催されましたが、この場所での展示は一時的なもので、最終的にはイパオ岬に建設予定であるチャモロ文化を祀る社に移されます。
ハガニアを訪れた際にはグアムミュージアムに続きスキナープラザでもチャモロ文化に触れてみてください。

